イスラエルいろいろ

イスラエルってどんなところ? ふだんだれがなにして暮らしてる? そんなギモンを掘り下げてみました。ユダヤ人の歴史・文化にも踏み込んでいきます。

イスラエルに行くのは危険? 治安について思うこと

(注意: イスラエルへの渡航は最新の情報を確認してください。2020年1月6日新聞紙エルサレムポストに、イランがアメリカの出方によってはテルアビブとハイファを標的にするという情報があります。https://m.jpost.com/Breaking-News/Israeli-bases-Haifa-targets-for-Soleimani-retaliation-ex-IRGC-chief-613197

 

イスラエルに行くと決まったとき、まず聞かれるのが危なくないの? ということでした。

 

危なくないの? への答えは、ざっと言うと「最初はドキドキ、慣れるとほぼ危険は感じない、しかしいつ何が起きてもおかしくはない、となんとなく思ってる」という感じでした。

 

日本でニュースになると、主にガザ地区とヨルダン河西岸地区のデモの様子が流れてからエルサレムの映像に切り替るので、エルサレムは危ないという印象を受けがちです。

 

しかし実際は、ガザで死者がでたというニュースが流れても、エルサレムで暮らしているとまるで実感がない、というのが正直なところです。

 

それでもエルサレムはわりとピリピリしてるのだな、と知ったのはテルアビブに行ってから。

 

テルアビブはさらに先進国特有の気だるい雰囲気もあり、占領地なんてまるで遠い場所にあるかのようです。

 

来たころは神経が尖っていて、どこに行ってもセキュリティチェックがあるのが異様に見え、バスでテロがないかとか、軍服を来た若者が銃をぶら下げて歩いているのを見てドキッとしてました。

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写真: エルサレムにあるデパートの入り口でセキュリティチェックの様子

 

しかし、慣れてくるとその感覚も薄れてきます。

 

ヘブライ大学は15年前にキャンパス内で自爆テロがあり、死者も出ています。私の通っていた校舎のすぐ側に現場となったカフェテリアがあり、最初はそこを使うのも嫌でした。

 

しかし、利便さから使わないわけにはいかず、しばらくすると慣れました。普段昼は学生で賑わい、猫がのんびりしてるくらいです。

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写真: テロがあったカフェでのんびりするネコ

 

公共の場に荷物を置いて席を立つと危険物扱いされて没収されるらしいと聞いたので、バスの中で荷物だけ置いてあるとドキッとします。

 

しかし、大学の図書館ではみんな荷物を置きっぱなしにしたりするので、それも場所による、ということがわかりました。

 

スリや騙しにもあったことがありません。気がついてないだけかもしれないですが……。

 

慣れてくると一番怖いのは無難に交通事故になったりします。

 

運転がワイルドな人が多い……

 

しかしだからといって100パーセント安全とは言えないと思います。

 

国際政治に左右される土地なので、ニュースのチェックは大事。

 

イスラエルのような国では国家間協定や外交における政治家の決定などがもろに生活に直結してきます。

 

実際に、トランプ大統領がエルサレムを首都認定した直後も、中央バスステーションのセキュリティ係の男性が刺されて亡くなるという事件がありました。

 

翌日イスラエル人に聞くと、そういうことがあるというのはわかっているが、生活は続いていくからしょうがないと思っている、と言っていました。

 

もちろんその裏にはパレスチナ人側から見た現実もあります。

 

結局のところ政治的に不安定な中東にあるイスラエル。

 

だけど、ほかの先進国と変わらない部分もたくさんあるイスラエル。

 

危なくないですか、という質問への答えは率直に言ってこんな感じです。

 

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写真: テルアビブでプリムの期間に仮装する若者たち

 

 

 

 

陰ながらイスラエル社会で存在感を放つフィリピン人

去年の夏、普段住んでいるエルサレムからテルアビブに行って宿をとり、観光しようと決めました。

 

朝起きて、お気に入りのアイスクリーム屋さん「アニータ」(ピスタチオ味がおすすめ)に行ってアイスクリームを食べ、満足したところで店を出て歩き出すと…

 

べちゃっ!

 

と音がしたと思ったら、なんと鳩のフンを頭上から思いっきり被ってしまいました。

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  アニータ。この後悲劇が……
 

 

これから観光なのに……とショックで固まってしまった私に

 

「こっちにおいで」

 

と通りの角にあるベンチから合図を送ってくる女性がいました。

 

アジア人女性で、隣には車椅子のかなりご高齢の白人男性が宙をぼーっと眺めています。

 

言われるがままに行くと、彼女はカバンからウェットティッシュを取り出して、丁寧に私の頭を拭いてくれ始めました。

 

ウェットティッシュが全てなくなると

「ちょっと待ってて」

と言って近くにある家まで戻って、新品の赤ちゃん用のウェットティッシュを1パック丸ごと持って来て、髪の毛にこびりついている鳩のフンを丁寧に拭き取ってくれました。

 

拭いてくれながら、

「私は日本には住んでたことがあるのよ、日本はいいところよね」

と言う彼女。

 

びっくりするくらい綺麗になったところで、「持っていって」と残りのウェットティッシュを手渡され、にこやかに送り出してくれました。

 

押し付けがましさがなにもない、自然な親切心。

 

もっとちゃんとお礼をするべきでした。

 

話しているときにフィリピン出身と教えてくれた彼女はイスラエルではよく見かける、介護士として働くフィリピン人。

 

フィリピン人たちはイスラエルで働く最大の外国人コミュニティー。約30万人が働いていると言われています。彼女たちの多くは、イスラエルに来て介護の仕事に着きます。

 

車椅子を押していたり、支えが必要なお年寄りと腕を組んで歩いている光景を見ることがあります。

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写真元:The New York Times

 

 

そんな彼女たち、この複雑なイスラエル社会で愛されているらしい。

 

イスラエルは中東と言えども文化的には西洋社会。

 

女性が働くのも当たり前ですし、子供が親の面倒をみることは必ずしも必須とは考えられていません。

 

そこで活躍するのがフィリピン人の介護士。

 

介護の仕事というのは大変です。

 

身体が不自由になっているお年寄りであれば、下のお世話をしたり身体全体を支えたりしなくてはなりません。

 

そういうのを厭わず安い賃金で一生懸命に介護の仕事をするフィリピン人の評判はとても良く、イスラエル人の高齢者との間に言葉にし難い絆が生まれるケースが多くあるようです。

 

フィリピン人はアジア文化特有の高齢の方を敬う傾向があり、感情面でも「あったかい」と思われるよう。

 

さらにイスラエルの高齢者にはホロコースト生存者が少なくありません。生死をさまよう経験は、ある意味で人を鉄のように強くし、時には頑固にしてしまいます。

 

そんな彼らと屈託のないフィリピン人の相性が非常にいいみたいなのです。

 

なんだかわかりますよね。

  

本人が亡くなると、一緒に悲しみ、別れ際に鶴の折り紙の置きものを作って家族に渡す人も多いとか。

 

イスラエル元首相のシモン・ペレスの介護もフィリピン人の若い男性がしていました。

 

そんな彼らに市民権を!という声もあるほど。まわりを敵国に囲まれ、警戒心が強いイスラエルでそういう声が上がるのは結構オドロキなことです。

 

2014年にはイスラエル版のリアリティ音楽オーディション番組Xファクターでイスラエル人介護士が優勝して話題になりました。

 写真元:The Times of Israel

 

カンヌのパルムドールを獲ったイスラエル映画『ジェリーフィッシュ』にフィリピン人の介護士と気難しいおばあさんのお話が出てきます。イメージが掴めますのでおススメです。

 

 

 

 

エルサレムのライトフェスティバル

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東京の大規模な人混みに慣れていると、エルサレムは普段静かで小さな街に感じます。


そんなエルサレムがロックフェス並みに混む時期があります。それがライトフェスティバル。


今年は6月28日から7月6日まで。毎年約一週間ほど続きます。


去年何も知らないで街を歩いていた私は、旧市街付近になにやら飾りが増えていくのを横目で見ていました。


しかし気にせずに暮らしていて、その時期は大学の期末試験真っ最中でそれどころではない状態。


にもかかわらずライトフェスティバルが始まると、どうやら凄いらしいとの噂を聞きつけ、最後の試験が終わるとルームメイトを引き連れて出かけてみることに。


そして感想は……

 


一見の価値あり。

 


旧市街の外にも中にも惜しみないプロジェクションマッピング。

人びとはお祭りムード。

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何が凄いって、やはりものすごく古い城壁に囲まれた町と最新のテクノロジーの美が融合するところ。古い時代と現代が同時に現れているような、不思議な時間の感覚に酔います。

 

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しかし、人はとんでもなく多く、旧市街の中に入ると普通に歩くのもままならず。

 


さらに一番の見どころが旧市街の中にあるのですが、それを見るには1時間待ちとのこと。

 

試験疲れでそこまでたどり着けませんでした。

 

また、この時期はエルサレムのホテルの予約が取りにくいらしいです。なのでエルサレムに泊まるなら早めの予約が◯。

 

テルアビブに泊まってもエルサレムには余裕で日帰りが出来ます。その場合はバスやシェルートが混むかもしれませんが。

 
興味のある方は要チェック!(写真は去年のものです。)

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(最後の写真のみAFPより)

安息日にエルサレムから空港へ行く人への注意

エルサレムでは安息日(金曜日の日没から土曜日の日没)は基本的にバスや電車がすべて運休します。

 

それを知らずに日本への帰国日が金、土にかぶってしまった人へ。安息日に空港へ移動する方法を書いておきます。

 

1.前日までにシェルートを予約。

空港へ行くには乗合バスのシェルートが一番便利です。ただし前日までに予約が必要。

料金は一人約70シェケル(約2100円)ほど。ホテルに泊まっている人はホテルのスタッフにお願いして予約してもらいましょう。個人で予約する場合、電話で予約して住所を伝えましょう。英語は通じるはずです。

 

当日になると宿泊先の目の前でピックアップしてもらうことができ、空港まで連れて行ってくれます。シェルートのドライバーはお金をだまし取ったりしないので安心してください。

 

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2.シェルート乗り場までいってシェルートに乗り、テルアビブの中央バスステーションに行き、そこからタクシーに乗る。

 

 

シェルートの前日までの予約が間に合わなかった場合、シェルート乗り場でつかまえるという手もあります。しかし、空港までは行ってくれません。よって、終点のテルアビブのセントラルバスステーションまで行って、そこからタクシーになります。

 

シェルート乗り場はエルサレム新市街のRavKook通りという場所にあります。シェルートが何台か停まっていて、ドライバーがベンチに座っておしゃべりしていたりするので、近くに行けばわかるはず。トラム駅のヤッフォセンターから歩いて約10分ほどの場所にあります。約25シェケル(約750円)でテルアビブのセントラルバスステーションまで連れて行ってくれます。降りたら近くにタクシー乗り場があるのでそこでタクシーを捕まえて空港まで行きましょう。

 

ただしイスラエルが始めての人にとってはちょっと難易度は高めかも。時間に余裕を持って行きましょう。

 

3.タクシーをつかまえる

 

乗り換えに不安がある人はタクシーをつかまえましょう。安息日でもタクシーは走っています。写真にあるようなメータータクシーが一般的です。

 

乗ればそのまま空港まで行ってくれます。料金は他の方法より高くつきますが、安息日は道路が空いているので早くつくはずです。

 

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安息日でなければエルサレムのセントラルバスステーションまで行き、一時間に一本ある空港行のバス(約16シェケル=約480円)にのればあっという間についてしまいますが、安息日にはその方法が使えません。

 

安息日が終わる土曜日は、夏だと夜の10時くらいにならないと空港行のバスが再開しません。なので三時間前に空港に行かなければならないイスラエルでは土曜日にバスは頼れません。

 

なので上記三つの方法が主な空港行きの手段となります。

 

参考にしてくださいね。

 

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すべてがストップするエルサレム安息日の5つの攻略法

エルサレムに旅行にきたものの金曜日と土曜日に旅行の日程がかぶってしまった…

 

安息日というものがあると聞いてはいたがここまですべてが止まっているとは知らなかった…

 

そんな旅行者にエルサレム安息日に何をすればいいかのアドバイスを考えてみました。

 

はじめに安息日とは?

ユダヤ教では金曜日の日没から土曜日の日没までを安息日としていて、その間は働いてはいけないという鉄の掟があります。トラムとバスは完全ストップ。店は完全に閉店。電気を使うのも最低限にするためホテルでは自動ドアを止めて手動の扉で出入りしたり、ほぼどこの銀行のATMでもお金がひきだせません。エレベーターもふたつある内のひとつが止まったリ、冷蔵庫も安息日モードがあります。

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安息日のはじまりと終わりの時間は季節とともに少しずつ変わっていきますが、大体金曜日の16時ごろにはじまり、土曜日の19時ごろおわる感じです。時刻になるとに街中に「ブワーン」というブザーが鳴り(なんでもっといい感じの音にしないんだという不満の声あり)開始と終了をお知らせします。

 

さてそんな金曜日の午後から土曜日の夜まで何をすればいいの?という方。以下、参考にしてみてください。

 

その1. 旧市街に行く

 

旧市街はユダヤ教地区、キリスト教地区、イスラム教地区、アルメニア地区に分かれています。なのでユダヤ教地区のお店が閉まっていても他の地区のお店はおおむね開いています。

 

嘆きの壁には安息日にたくさんのユダヤ人がお祈りに行くのでそれを見てから、お店の豊富なイスラム教地区でお土産を買ったり、ごはんを食べてみてはどうでしょう。それからイエスの足跡をたどるヴィア・ドロローサなどをまわってみては。

 

また安息日でも開いているおすすめの旧市街のカフェは…

 

クライストチャーチカフェ(Christ Church Café)

 

ヤッフォ門をくぐって右手に見えます。店の奥にある外のテラス席は落ち着いていて一休みするのにちょうどいいです。

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オーストリア・ホスピス(Austrian Hospice) 建物内の屋上とカフェ

 

こちらはダマスカス門から徒歩一分。一見入りにくそうな門がまえですが、入って階段を上がるとカフェがあります。5シェケル(約150円)払って屋上に行くことができ、そこから旧市街の風景がよく見えるという穴場スポット。屋上の景色を見たら階段を降りてカフェでひと休み。

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その2.ベツレヘムへ行く

 

イスラエルのメインの交通機関は全てストップしていますが、アラブバスは金曜も土曜も運行しています。ダマスカスゲート(Damascus Gate)前のバスターミナルまで行けば、そこからベツレヘム行きのバスに乗れます。安息日を利用して、ベツレヘムまで行き、イエスの生誕地や分離壁近くにオープンしたバンクシーホテルなどを見に行くには好都合の日。

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またダマスカスゲート近くにはアラブ人のやっているお店が並んでいるので食料品も手に入ります。

 

またその付近にあるアメリカンコロニーホテル (American Colony Hotel)という歴史のあるホテルでお茶をしたり、エデュケーショナルブックショップ(Educational Bookshop)というパレスチナをテーマにした書籍を多く扱っている本屋さんで本(英語の本多し)を物色しつつ二階でお茶をする、なんていうのもグッド。

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その3.エルサレムの中心地で開いているレストランとカフェに行ってみる

 

エルサレムの中心地でも開いているレストランとカフェはあります。

いくつかご紹介します。

 

ZUNI (ズニ)

エルサレムの中心の広場から徒歩三分。二階にあるレストランはなんと24時間オープン。ゲイの人たちが集まる場所としても知られています。おすすめはフルーツとクリームチーズ付きのフレンチトースト。一人で食べきれないので誰かとシェアするとちょうどいい。

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Focuccia Bar (フォカッチャ・バー)

レストラン内にピザを焼く釜があり、ピザを頼むとその場で焼いてくれる。席が沢山あるのでいつでも入れると思います。

 
ヒレル・ストリート(Hillel Street)のAroma Cafe

イスラエルのスタバと言えばアロマカフェ。たくさん店舗があります。エルサレムではHillel Streetの店舗のみオープンしています。

 

その4. First Station (ファーストステーション)に行く

 

エルサレム中心部の南に昔の鉄道駅を改装して若者向けのお店を集めたファーストステーションという場所があります。ここでは安息日でもレストランをオープンしており、フリーで音楽が聞けることも。ただしそこへ行くには足が必要。アラブバスの通る場所ではないのでタクシーで行く必要がありそうです。ちなみにタクシーは安息日でも走っています。

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その5. 超正統派ユダヤ人に出くわしたら観察してみる

 

ある安息日にエルサレム中心地のお店で水を買って外に出たら、超正統派ユダヤ人の約20人ほどの男性グループが激しいブーイングのような音を出しているのに出くわしました。私の目の前にも五才くらいの男の子がやってきてものすごい勢いで何かまくし立ててきます。よく耳をすますと彼らは「シャバット、シャバット!」と叫んでいます。シャバットとは安息日の意味。つまり、働いてはいけない安息日にお店を開けて働いている人たちへ抗議しているのです。私が開いているお店で水を買うというのも彼らにとっては非難の的となるわけです。

 

その様子が異様で思わず見入ってしまいました。インターネットもテレビも見ず、電気を消したりつけたり電子レンジを使うことすら禁止されている彼らにとって、こうして安息日に働いている人たちに抗議するのはれっきとした使命なのです。

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その彼らがブーイングをしている横で開いているレストランで昼からお酒を飲んでいる無宗教のイスラエル人が「シェケット!」(黙れ!)と彼らに叫び返し、警察官も出てきてちょっとした修羅場状態。

 

安息日に街をうろうろしていたらそんな光景に出くわすかもしれません。異国の文化を学ぶ姿勢でぜひ観察してみましょう。

 

以上がエルサレム安息日の攻略法です。

 

ちなみにテルアビブはもっとお店が開いていたり、バスもいくらか走っているようなのでそこまで気を付ける必要はないと思います。

 

もちろんユダヤ教に習って何もしないというのもオーケー。

働きすぎと言われる日本人にいいお手本になること間違いなしです。

 

エルサレムは宗教的なユダヤ人が多く暮らす街。それを感じずにはいられないのが安息日なのです。

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Q&A ユヴァル・ノア・ハラリ 「ゲイであることについて」

イスラエルはLGBTや女性の権利に積極的に取り組む国として知られています。

6月にアジアで二番目に大きいLGBTパレ―ドがテルアビブで開催されました。

 

それに先立ち、『サピエンス全史』の著者であるヘブライ大学で教鞭をとるユヴァル・ノア・ハラリ氏が自身がゲイであるということについてインタビューを受けていました。

www.youtube.com

 

以下はその翻訳になります。

 

 

Q:あなたがゲイであるという事実は、自身の科学研究に影響を与えていますか?

 

A:「すごく与えています。ゲイの男性として、人間によって発明された物語と現実の違いを知ることはとても重要です。科学的研究にもその能力は欠かせません。幼い頃、男の子は女の子に魅かれるものだと言われ、それを信じていました。それが人間によって作り出された物語だとわかるまで、とても時間がかかりましたし、男の子が男の子を好きになることがあるという現実、自分が偶然その一人であると気づくまで、長い時間がかかりました。多くの人々が信じる物語と矛盾していても、現実をそのまま受け取るということは偉大な知恵です。」

 

A:「それに、多くの人が男性同士が愛し合うとと、天にいる「偉大な者」がひどく怒ると言いますが、それもまた人間が作りだした別の想像の物語でしかありません。二人の男性が愛し合い、誰も傷つけなければ、問題があるとは思えません。天にいる「偉大な者」も怒りはしません。怒るとしたら司祭やラビたちなのです。」

 

A:「科学的研究もまさに同じ中傷に基づいています。科学者としてわたしは頻繁に自分に問いかけています。何が現実なのか。世界について人間が作りだしたあらゆる物語は忘れよう。世界の真実とは何なのか。ゲイの男性として、現実が人々の語る物語と衝突したら、現実を信じることが最良の道だと学びました。この教訓はわたしをよりよい科学者にしたと思います。」

 

Q:科学研究はあなたのセクシャル・アイデンティティーに影響を与えましたか?

 

A:「科学は確かに自分のセクシュアリティーをあるがままに受け入れる助けになりました。人々はよく、ゲイであることは「不自然だ」と言います。自然は男性が女性を、女性が男性を愛するようにできていて、ゲイの人間はその自然の法を破っているのだ、と。科学研究はそれがまったく無意味であると教えてくれました。「不自然な行動」なんてものはありません。存在するあらゆるものは、定義上「自然」なのです。」

 

A:「人々は自然の法を破ることができません。自然の法は交通法とは違います。交通法では、政府は一時間に100キロ以上走ってはいけないといい、それに対して人々は法を破って一時間に120キロ走り、交通警官が止めて違反チケットを切ります。自然の法は、あなたは光の速さより早く移動することはできないと言います。それは、もしあなたが光の二倍の速さで運転したとしたら、銀河系の交通警官があなたを止めて違反チケット切る、という意味ではありません。単にそれは無理なのです。もし光の速さ以上に早く移動することに成功したとしても、おそらくそれは、わたしたちが自然の法を理解していないという意味なのです。そしてある状況では光より早く動くというのは自然なことなのです。」

 

A:「定義上、自然なものが存在するとしたら、二人の女性が互いに愛しあうとしたら、それは自然だということです。どんな自然の法もそれを禁止しません。事実、同性愛は人間の世界だけではなく、多くの動物の世界でよくあることです。例えば、自然界でわたしたちに最も近い親戚であるチンパンジーに同性愛的行動はよく見られます。ほとんどのチンパンジーの性的活動は子どもを出産するためではありません。チンパンジーは親密関係を築き、緊張関係を緩和するため、政治的な同盟を築くために性行為を利用します。それは不自然でしょうか。出産の目的のためだけに性行為があるという考えは、司祭やラビが作りだしたまったく無意味なものです。」

 

A:「実際、わたしたちの自然・不自然のコンセプトは生物学によって使われているのではなく、キリスト教神学のために使われているのです。神学的意味の自然というのは、自然を創造した神の意図と一致します。キリスト教神学者たちは神が人間の身体を創造し、それぞれ人間の手足や器官はある一定の目的に使うために創造されたと論じます。もしわたしたちが神の思い描いた意図にそって手足や器官を使うとしたら、それは自然な行為になり、その意図に外れて使うとしたら不自然だということです。しかしそれらは全て神話にすぎません。神は人間や動物を創造していません。彼らは自然淘汰によって進化してきて、進化には目的がないのです。器官はある一定の目的によって進化してきたわけではありません。」

 

A:「動物や人間の器官の使い方は常に流動的です。人間の身体には、数億年前、最初に登場したときの原型となる仕事だけを行ういかなる器官もありません。たしかに器官はある一定の働きをするために進化してきましたが、いざ存在しはじめると、他の使用方法に適応することは全く自然なことなのです。」

 

A:「羽は古代の爬虫類を温めるために最初は登場しました。今それは鳥が飛ぶために使われています。それは自然なことでしょうか。指はわたしたちの祖先が木に登るために登場しました。今わたしたちはその指をピアノを弾くために使っています。それは自然なことでしょうか。口は器官が食べものを身体に吸収するために現れました。今わたしたちはしゃべるため、キスするために使っています。それは自然でしょうか。同じように、性行為ははじめ出産のために現れました。しかしいまわたしたちはそれを親密さ、友情、関係性を築くために使っています。それのどこに不自然な部分があるのでしょうか。」

 

Q:ヌードやオープンなセクシュアリティが示されるためにゲイパレードに反対する人たちに何か言うとしたら。

 

A:「そうですね。歴史を通してヌードはごくわずかな人間しか殺していませんが、宗教的な狂信主義は何百万人も殺しています。なので、ゲイパレードのヌードを心配しすぎる前に、宗教的過激論者を心配した方がいいでしょう。」

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 写真参考元:TedTalk

遠くから見た分離壁。近くから見た分離壁。

ことばの壁、こころの壁、仕事で壁にぶつかる…。

 

壁というのはいろいろな比喩に使われます。

 

しかしエルサレムにあるのはまぎれもないコンクリートの壁。

 

イスラエルにはパレスチナ自治区と自分たちを隔てるための分離フェンスが敷かれています。

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実は大部分は「フェンス」

イスラエルに来るまで知らなかったのですが、写真にあるようなコンクリートの壁はエルサレムのみにあり、全体の約10%。あとの90%は地味なフェンスだったりします。

 

壁の呼び名もさまざまで、「分離壁」「分離フェンス」「アパルトヘイトの壁」などメディアによって変わってきて、各メディアの主観が反映されます。

 

イスラエル全体に敷かれているものは比率からいって「分離フェンス」のほうが多いのですが、エルサレムには「分離壁」というのにふさわしいコンクリートの壁があります。

 

2002年から建設が始まったこの分離壁。

 

きっかけは第二次インティファーダが始まり、イスラエル内で頻発した自爆テロの増加をくいとめるためでした。

 

建設後たしかに自爆テロの被害は減ったようです。

 

しかしその後も「セキュリティ目的」として建設は続いています。

 

それ以外にもう一つ、イスラエルに常につきまとう「人口問題」にも分離壁は関わっています。イスラエルは「ユダヤ人が大多数の国」をキープすることに主要な関心を置いています。そうでないと、イスラエルという国そのものがぐらつくからです。

 

エルサレムにシュフラット難民キャンプというパレスチナ難民キャンプがあります。そこはエルサレム市内に位置するのですが、分離壁の外。イスラエルはこの難民キャンプを避けるように壁を建設しました。もしパレスチナという国ができたとして、壁が国境になるとしたら、貧しくて人口の多いシュフラット難民キャンプ はイスラエルでないよ、ということを示すためです。

 

さらに協定ラインであるグリーンラインを外側にえぐるように分離壁・分離フェンスは敷かれています。

 

よって国連はいまでもイスラエルのこのグリーンラインを超えた壁の建設をみとめていません。

 

生活と壁

エルサレムに住んでいると否が応でも壁の存在が目につきます。

 

大学の教室や、郵便局に行くときには遠くから分離壁がよく見えます。

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あまりにも生活の一部になりすぎていて、わざわざ壁があることを指摘する人はいません。

 

しかしベツレヘムに行くとそうはいきません。

 

ベツレヘムはエルサレムから40分くらいで着きますが、街に入ると壁に囲まれている感じがありありとしています。

 

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圧迫感というのはこういうことかと感じるくらい、壁が近くに迫っています。

 

壁には抵抗のメッセージや政治を皮肉るようなメッセージを込めたグラフィティが描かれています。

 

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中には「壁じゃなくてフムスをつくろう」なんていうメッセージも。

 

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下の写真は検問所。エルサレムとベツレヘムの間にあります。ここで身分証明書のチェックや荷物チェックを受けます。パレスチナ自治区に住みながらイスラエルで働いている人たちは毎日ここを行ったり来たりしています。

 

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イスラエルから見ると「セキュリティの壁」。パレスチナから見ると「占領の壁」。

エルサレムにある分離壁は今も続くイスラエルとパレスチナの緊張関係を如実に現しています。

 

いつかこの壁が、ベルリンの壁のように無くなる日は来るのでしょうか。

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