イスラエルいろいろ

イスラエルってどんなところ? ふだんだれがなにして暮らしてる? そんなギモンを掘り下げてみました。ユダヤ人の歴史・文化にも踏み込んでいきます。

偽メシア、サバタイ・ツヴィとサバタイ派(前半)

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サバタイ・ツヴィ

 

 

今回はユダヤ人の歴史の中でも私のお気に入りトピック、偽メシアのサバタイ・ツヴィにまつわる話をご紹介したいと思います。

 

ユダヤ人が1492年にスペインを追い出されたことで、ユダヤ人の歴史における中世が幕を閉じ、近代へ移行していきます。スペインのユダヤ人(セファルディと呼ばれる人たち)は主にオスマン帝国の領土へ、フランスやドイツから追い出されたユダヤ人(アシュケナジーと呼ばれる人たち)はポーランド・リトアニア共和国の領土へと移動していきます。

 

17世紀に入ると、ユダヤ人の歴史上、最もショッキングな出来事が起こります。偽メシアの出現です。

 

そもそもメシアって?

メシアは救世主という意味で、ユダヤ教では「ユダヤ人が現在置かれている苦しい現状から最終的に救ってくれる存在であり、未来に現れるはずの救世主」です。この「最終的には救ってくれる」「未来に現れるはず」という感情は、裏を返せば悲観的な現実認識であって、それを補ってくれるのがメシアという存在です。キリスト教はユダヤ教から派生しましたが、このとき「メシアは来た。それはイエスだ」と信じた人たちがキリスト教徒となっていきました。ユダヤ教徒はイエス=メシアを認めませんでした。ここは重要な違いです。

 

しかしそんなユダヤ人たちに「ついにメシアが現れた」と信じさせる人物が現れます。彼の名はサバタイ・ツヴィ。現在のトルコ、イズミールに1626年に生まれ、カバラの書ゾハールの勉強に勤しみ、禁欲的な生活を送ります。

 

かなりエキセントリックな人物だったようで、普段口にしてはいけない神聖な言葉を平気で口にしたりして、地元のコミュニティーから追放されます。躁鬱の気があり、歌がうまかったサバタイ・ツヴィはだんだんと自分をメシアだと思い始めます。

 

サバタイ・ツヴィ自身がメシアを名乗り出ても、そこまで相手にされなかったかもしれません。実際にサバタイ・ツヴィについて本を書いているゲルショム・ショーレムはツヴィ自身がメシアを名乗ったことを疑っています。

 

そんな彼が偽メシアになったきっかけとなる出会いがありました。躁鬱に悩まされていたツヴィが心の平安を求めて、現在のパレスチナ自治区のガザに旅をしたときのことです。そこでツヴィはある若い男と出会い「あなたはメシアだ」と太鼓判を押されます。

 

その男の名はネイサン。サバタイ・ツヴィを偽メシアに押し上げた張本人と言える男です。

 

さらには、ツヴィとネイサンという個人的要因以外にも、偽メシアの出現を許した条件というものがありました。

 

大きくまとめると以下の3点。

 

1 ルリア流カバラの人気

2 スペイン追放後のユダヤ人たちの心理

3 ユダヤ教のメシアの描きかた

 

ひとつひとつ見てきます。

 

その1 ルリア流カバラの人気

 

その第一歩がルリア流のカバラ。

 

カバラといえばポップスターのマドンナが入れ込んだりもして、ちょっとエキゾチックなおまじない的なものを想像する人が多いですが、ユダヤ教の中では12世紀頃に端を発する、一定の地位をしめているユダヤ思想です。

 

「ルリア流」とついているのは、16世紀にエジプトに生きたルリアさんが独自の解釈を加えて教えたカバラだからです。本人にまつわる書物はほとんど残っていなくて、彼の生徒によってルリア流のカバラが広まったと言われています。印刷技術の発明も手伝って、このルリア流カバラがある程度ユダヤ人に広まっていたことが、サバタイ・ツヴィ信奉を勢いづかせました。

 

その世界観は確かに独特。ちょっとだけかいつまんでみます。

 

はじめに、エイン・ソフ(「終わりがない」という意味)といわれる隠された神が自分の内側にひっこむと、そこに空間が現れる。すると空間にアダム・カドモンという原初の人間が生まれ、目、耳、口、鼻から光が放たれる。目から放たれた光は、やはり光からできている容器に注がれ、光でいっぱいになると容器が破壊する。「容器の破壊」が起こると、一連の「流出」が始まる。この流出は「修理の過程」(ティクーン)と呼ばれ、矛盾した双方向の運動が始まる。双方向とはおおもとの状態から追い出される「追放」と、おおもとの状態へ帰るための「取り戻し」の二重の旅。究極の目的はこの「取り戻し」の過程を経て、おおもとへ回帰することである。

 

どうでしょうか。

 

ちょっと面白いと思った人はゲルショム・ショーレムの本を読んでみるといいかもしれません。

 

ちなみにこの「流出」の図はこんな感じ。『新世紀エヴァンゲリオン』のオープニングにも映っています。

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「流出」の図

 

 

さて、ツヴィのブレーン、ネイサンもこのルリア流カバラを基礎にして教えを発展させていきました。彼がルリアのカバラに付け加えたオリジナルの要素は、以下のようなメシアの魂についてです。

 

「容器の破壊」が起こったとき、メシアの魂は途方もない深淵に落ち、下層世界に囚われてしまう。「修理の過程」を経て、メシアはこの収監状態から自由になる。

 

このメシアの説明が後々重要なポイントになってきます。

 

その2 スペイン追放後のユダヤ人たちの心理

 

しかし、もっと決定的な要因はその頃のユダヤ人が置かれていた状況です。1492年にスペインから追放された後、多くのユダヤ人が心理的な救済を求めていました。これがルリアのカバラの「追放」と「取り戻し」の双方向の旅というコンセプトに現実味を与えます。スペインからの追放の苦しみと、聖地への羨望という心境にぴったりマッチした、というわけです。

 

とりわけ、スペイン時代にやむおえずキリスト教徒に改宗したけれど、実はユダヤ人の信仰を持ち続けていたマラーノ(「豚」という意味!)という人たちの二重生活も、この二重の旅という考え方にリアリティを与えます。

 

さらに1648年、ポーランド・リトアニア共和国内でユダヤ人の虐殺が起こります。これが一層メシアの登場への期待に拍車をかけます。

 

その3 ユダヤ教のメシアの描き方

 

さらにユダヤ教のメシアの描き方もサバタイ・ツヴィを押し上げた要因です。

 

興味深いことに、ユダヤ教の書物にはメシアについての記述はあっても、キリスト教のイエスのようにメシアがどういう人間か詳しく描写していません。ユダヤ教はメシアの人格描写に関心がなかったのです。よって、ツヴィがいかに精神的に不安定であっても、それがメシアとされる際の障壁にはなりませんでした。

 

そしてここからサバタイ・ツヴィをメシアだと信じる動きが、各国に散らばって暮らすユダヤ人コミュニティへと波及していきます。(後半へつづく)