イスラエルいろいろ

イスラエルってどんなところ? ふだんだれがなにして暮らしてる? そんなギモンを掘り下げてみました。ユダヤ人の歴史・文化にも踏み込んでいきます。

「ポーランドの絶滅収容所」と言わないで! ー論争を呼ぶポーランドの新ホロコースト法案

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2018年2月、ポーランドでホロコーストの新法案が上院可決されました。これから大統領も承認するとみられています。

 

この法案は「ポーランドまたはポーランド人がナチスの犯罪に加担したとするような、事実と反するいかなる公の場での発言も違法とする」というものです。罰則として罰金もしくは最大三年の禁固刑まで課されます。

 

背景には、世界中で「ポーランドの絶滅収容所」という表現が使われ、ホロコーストの責任がポーランドにあるかのような印象を与えることにポーランドが痺れをきらしているようです。オバマ大統領でさえ「ポーランドの絶滅収容所」という表現を使い、のちに謝罪しています。

 

ホロコーストはあくまでナチス政権下のドイツが計画、発案、実行したものであって、ポーランドに責任があるわけではない、と強調することが目的です。

 

しかしこの決定に対しネタニヤフ首相をはじめイスラエルからは糾弾の声があがっています。

 

 エルサレムにあるホロコースト記念館のヤド・ヴァシェムは「 "ポーランドの絶滅収容所" という表現は間違っている」としたうえで、ポーランドの決定を非難しています。

 

ポーランド人がユダヤ人虐殺に加担したという事実は間違いなくあり、新法案が通ればその歴史の事実をゆがめてしまう、というのが主な理由。

 

たとえばイェドヴァブネ事件。1941年にポーランドのイェドヴァブネという小さな町で地元のポーランド人が大きな小屋に少なくとも300人のユダヤ人の男、女、子どもを閉じ込めて生きたまま小屋に火をつけ焼き殺したという事件があります。

 

当初はナチスドイツ軍の仕業だと考えられていたのですが、後に地元のポーランド人によるものだと明らかになりました。その後ポーランドは事件に対し謝罪をしています。

 

したがって新案が通ったとしたら、たとえばジャーナリストや学者が「ポーランドのゲットー」や「ポーランドの絶滅収容所」と書いり言ったりしたら法に触れるのか、という懸念がでてきます。

 

 

 「ドイツは金で許しを買った。ポーランドには何も差し出せるものがない」

 

 法案は認められないとの前提で、ポーランドの心情を理解する声もあります。

 

イスラエルでは1980年代中ごろから、高校生のホロコースト学習旅行が始まりました。毎年平均15,000人の高校生たちがポーランドに行き、ホロコーストについて学びます。

 

この旅行の影響は大で、多感な年ごろの子どもたちに心理的なショックを与えます。泣きだす子どもたちも少なくなく、最後はイスラエルの国旗に身を包んでハティクバというイスラエルの国家を歌います。

 

また、ホロコースト記念日にはイスラエルをはじめとして世界中から人々が集まり、アウシュビッツからビルケナウまで「生の行進」をします。

 

いずれにしても舞台となるのはドイツではなくポーランド。今もナチスの悪を体現するアウシュビッツは物理的にポーランドの土地にあり、多くの人々がそこでネガティブな体験をします。よって彼らの多くが無意識にナチスドイツの行った残虐な行為をポーランドと結び付けてしまうのです。

 

 

一方、ドイツはナチス時代のことを反省してきました。多額の賠償金をイスラエルに支払い、今では新しい自由なドイツを目指して自らベルリンに移住するイスラエルの若者も少なくありません。

 

ポーランド前大統領のレフ・カチンスキはその状況について「ドイツは金で許しを買った。ポーランドには何も差し出せるものがない」と皮肉めいて言いました。

 

それがナチスドイツに占領され、負の遺産を抱えたポーランドのジレンマなのです。

 

ポーランド人の中には自らリスクを侵しユダヤ人を助けた人もいました。杉原千畝も名を連ねる「諸国民の中の正義の人」として認められているのは国籍としてポーランド人が一番多いこともまた事実です。ロンドンに置かれていたポーランド亡命政府はナチスドイツと戦う姿勢を最後まで崩さず、ワルシャワゲットー蜂起の際ポーランドレジスタンス組織はユダヤ人に武器を供給していました。

 

しかしだからといって法律が言論の自由を奪ってはならない。

ポーランド人でナチスドイツに加担した多くの人々の事例に触れることを禁止するようなことはあってはならない。

 

それが法案に反対する人たちの意見です。

 

2月6日の時点で、アンジェイ・ドゥダ現大統領は法案を認める意向を示すとともに、憲法裁判所でさらなる議論を重ねると言っています。

 

 

参考記事: “Germany Bought Israel's Forgiveness With Money. Poland Couldn't Offer You a Thing” by Yuli Tamir, Haaretz, Feb 08 2018,“Poland’s Holocaust Bill Is a Shameful and Futile Attempt to Bury Its WWII Ghosts” by Joseph Pomianowski, Haaretz, Feb 07 2018, “Polish President Approves Controversial Holocaust Bill, but Sends It to Courts for Further Discussion” by Ofer Aderet, Haaretz, Feb 06 2018, “Blaming Poland for the Holocaust Is Unjustified” by Moshe Arens, Haaretz, Feb 05 2018, “Poland's Senate passes controversial Holocaust bill” by Adam Easton, BBC, Feb 01 2018